テオティワカン

テオティワカン

テオティワカンは、メキシコを最も象徴する考古区域のひとつで、1987年にユネスコ世界遺産に登録され、毎年多くの観光客が訪れています。

古代都市テオティワカンは、ピラミッド状のモニュメントだけでなく、都市全体が、特徴的で正確な碁盤の目状の計画都市としても有名です。

DJI_0026.jpg

主に話されていた言語が何であったか、住人たちが古代都市をどう呼んでいたのかは今日まで謎のままです。私たちが知っているのは、16世紀にスペイン人クロニスタ(年代記作者)が記した、この場所を訪れたアステカ人が現在の都市の名前を付けたということだけです。アステカ人の言語であるナワトル語で「テオティワカン」は、「人びとが神となった場所、神々の都」を意味する。その規模に畏怖の念を抱き、この聖都こそ神が「第5の太陽(現在の時代を意味する)」を創造した地であったに違いないと信じていました。


先行研究

4_Mendoza.png

Carlos Singüenza y Góngoraが16世紀に行ったテオティワカンでの最初の発掘は(ca. 1675; Schávelzon, 1982)、アメリカ初の発掘調査であっただろうと言われています。二世紀後、メキシコ州アクルコ村出身のメキシコ人Gumersindo Mendozaは、最初期の体系的なテオティワカン研究を始めました。1878年に出版されたMendozaの著書"Las pirámides de Teotihuacán"では、ピラミンドや地域の概要(植生、地質学的特徴等)過去と現在の発掘と所見、ピラミッドの寸法、この祭祀センターの設計と用途についての解釈について、有益な情報を取りまとめ、分析しました。さらに、Mendozaは都市の創造と破壊、住人に関する多くの仮説を提唱しました。

Click here to know more about Mr. Gumersindo Mendoza (Spanish).

Mendozaの頃、テオティワカンのピラミッドがある場所は、今私たちが見ているようには見えませんでした。実際には、今日みられる建造物の多くは、泥や、周辺を占める果てしない農地がもたらす植物で覆われていました。130年以上前のピラミッドの姿を想像できるでしょうか?

ヒントとして、1878年に有名なメキシコ人画家Jose Maria Velascoが描いたこの絵をご覧ください。

5_Velasco_1878.jpg


1905年~1910年、考古遺跡総合監査委員であったLeopoldo Batresは、テオティワカン初となる一連の発掘調査と修復作業を率いました。このプロジェクトは、1910年9月13日、メキシコ独立100年を祝して一般公開するために行われました。当時のPorfirio Díaz大統領や教育省のJusto Sierraら著名人により開所式が催されました。


6_Gamio.png

Batres以降、メキシコ国内外の研究者により、テオティワカンのピラミッド区域周辺での集中的な発掘・修復作業が行われました。20世紀初頭で最も有名なのは、Manuel Gamio と共同研究者たちによる、テオティワカン渓谷の考古学、文化、地理、環境に関する革新的な調査です。その結果は、最初の超学際的な研究書La población del Valle de Teotihuacan (1922)になりました。

以下、Gamioによる質の高い古代都市テオティワカンの最初の復元図をご覧いただけます。

7_Marquina_rec.jpg


8_MillonMap.jpg

1964年~1970ニューヨーク州ロチェスター大学のRené Millonは、「テオティワカン・マッピング・プロジェクト」にメキシコ、アメリカ、カナダの研究者たちを招集しました。航空写真と考古学調査を用いて初となる詳細な測量図を作るためです。1973年に、プロジェクトの成果を二巻組で出版しました。所収された前例のない詳細な地図は、20平方キロメートル(12平方マイル)以上を網羅しました。

プロジェクトでは、太陽と月のピラミッドがあるテオティワカンの祭祀空間の非常に詳細な地図が作成されました。Millonは考古調査の結果を用いて、個々の建造物の位置を示す都市の復元モデルを提唱しました。当プロジェクトでは、Millon (1973) に準拠し、「石柱の広場」と「太陽のピラミッド北の広場」の発掘エリアの名称を付けています。


テオティワカンをもっと知るには、国立人類学歴史学研究所 (INAH)のウェブサイトをご覧ください。サイト上でバーチャルツアーに参加できます。テオティワカンを直接訪れることができれば、いくつかの住居スペース( Atetelco, Tetitla, Tepantitla等のアパートメント・コンプレックス)を見て回る時間を確保してください。そこでは、モニュメントを駆け足で回るツアーではしばしば見逃されてしまう精巧な壁画(フレスコ画)に出くわすでしょう。

古代都市テオティワカンについてもっと知りたい方は、テオティワカンを特集した雑誌Arqueología Mexicana特別版28号の Periódico Cultural "La vírgula"Periódico Mural "Tlalte Ollin" にさらに興味深い事実が掲載されています。

テオティワカンはメキシコ・シティから北東へわずか40キロメートル、車やバスでお越しください。必ず気に入っていただけます!


References

Gamio, M. (Dir. de investigaciones, varios autores). 1922. La población del Valle de Teotihuacan, el medio en que se ha desarrollado su evolución étnica y social. Iniciativas para procurar su mejoramiento por la Dirección de Antropología. Tomos I, II y III. Dirección de Antropología, Dirección de talleres gráficos, dependiente de la Secretaría de Educación Pública, Mexico.

Iguíniz, J. B. 1912. Las publicaciones del Museo Nacional de Antropología, Historia y Etnología. Apuntes histórico-bibliográficos. Imprenta del Museo Nacional de Antropología, Historia y Etnología, 99 pp.

Mendoza, G. 1878. Las pirámides de Teotihuacan. Anales del Museo Nacional de Mexico, Tomo 1, pp. 186-195.

Millon, R. 1973. Urbanization at Teotihuacan, Mexico, Vol. 1, Part I: text. University of Texas Press, Austin, 154 pp.

Millón, R., Drewitt, R., y Cowgill, G. 1973. Urbanization at Teotihuacan, México. Vol. 1, Part II: Maps. The Teotihuacán maps. Austin Texas. University of Texas Press, 147 map sheets + 3 folding maps.

Schávelzon, D. 1982. La primera excavación arqueológica de América: Teotihuacán en 1675. Anales de Antropología, tomo I, "Arqueología y antropología física", pp. 121-134, del Instituto de Investigaciones Arqueológicas, Universidad Nacional Autónoma de México.

Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial